タッチのオープニング(第一期)における視覚認知のこと(1)
まずはた、テレビアニメーション「タッチ」のオープニング動画(第一期)を見てください。
→動画
…
見ましたか。
見ましたね。
見た前提で話を進めます。
0:50~0:57まで、橋をロングで映しているカットからはじまって、泣いている浅倉南へと続く一連のシーンを見たとき、どのような「動き」を感じましたか?
橋の裏面からティルトダウンして、橋のたもとで泣いている浅倉南が現れるカットで、「3D的な」三次元的な感覚を覚えませんでしたか?
まるで本当に空中に滞空していたカメラがぐいっと地面に降りたように見えませんか?
僕が初めて「このシーンって不思議だな」と思ったのは、野球少年兼オタク予備軍だった中学生の時です(1993年ごろ)。夏休みの昼間にタッチの再放送が流れていました。夏期講習の合間、家で昼飯を食べながら見ていました。当時は、なんかかっこいいなー、というくらいの認識でした。第一期よりも第三期のオープニングのほうが好きでしたし(理由は…サスペンダー)。
「なんかかっこいいな」という認識で保留にしたまま、15年の月日が経ちました。その間、野球はやめたけどアニメはやめられなかった僕の「お気に入りオープニングリスト」の中には常に「タッチ」があり続けました。ただ、この動きの正体についてはずっと保留にしていました。中途半端に知識を持った僕は、「当時はCGもないし(タッチの本放送は1985年)、セル画と背景を斜めに傾けて撮影してるのかな?」「あるいは、橋が映っている最初に数瞬だけ、橋のアニメーションが作画されているのかな」とか適当に考えてました。…全然違った!
先日、15年目にして、「この3D感は何なんだろう」という疑問がある閾値を突破したので、調べてみました。急にその気になったのは、自分でもアニメーション(全然分野は違えど)を作るようになったこと、人間の認知(特に視覚)に興味がありそういうことを仕事にするようになったからかもしれません。といっても、QuickTime と Photoshopでちょこちょこと検証しただけですけど。
【仮説の検証】
まずやってみたのは、自分の仮説の検証です。『撮影台の上に置かれたセル画(と背景画)を傾けながら撮影することで、橋の角度が変わる(角度が大きくなる)ので、実際に橋の下でカメラが動いたように見えるんじゃないか説』です。この説が正しいとすると、あるコマと、それ以降の任意のコマでは、橋の広がり方の角度が違っているはずです。

あれ? 綺麗に重なる…ということは角度変わってない!
というわけで、仮説間違ってました。
自動的に、「橋の最初の部分だけアニメーターが動かしている」説も怪しくなってきます。
じゃあなんで、立体感が生まれるのか。
今度はコマ送りしてみました。

……! カメラがティルトダウンしてる…「だけ」?。最後に浅倉南にズームイン。
……やってることは分かったけど、なんでこれで立体感が生まれるんだろう。それが分からない。コマ送りしながら考えてみる。
ティルトダウンしていることは、コマ送りしてみればあきらかだ。画面の左右で切れている橋の一部が、上にあがっているいく様子が見て取れる。一方、橋の模様のほうはどうだろう。空(光)が透けて格子窓のようになっている。こちらに注目してみる。
橋は上にあがっているのだが、窓だけを見ると、一つひとつの窓は下に移動しているように見える。分かりにくいので、説明画像を用意しました。
→説明画像

一種のバーバーポールエフェクト(床屋の看板が上にあがって見える現象)と言えるのだろうか。
窓が下に移動して見える(つまり、一個下に描かれた少し小さい窓に変形する)。→実際にカメラが立体の橋の下を垂直に移動すると、視点が変わることで格子が狭まって見える(小さくなる)はず。
アニメーションによって窓が小さくなっていくように見える現象と、現実に角度が変わるときに得られる視覚認知の記憶が符合して、立体感を呼び起こすのだろうか?
(橋の模様という特殊な状況を利用しているが)たった一枚の絵と数瞬のカメラの移動だけで、これだけ如実な立体感が生まれるのか。この撮影を指示したのは誰だろう。杉井ギサブローさん? ときたひろこさん?(おそらく演出の方でしょう)。絵コンテの時点でどこまで見えていたんだろう。そもそも、どうやってこの現象を見つけたんだろう。当時のスタッフにお目にかかることができたら、是非聞いてみたい(でもアニメ制作の現場では普通のことかもしれませんね。錯視ですし)
→続きます
